今日も まっ晴れ!

こちらには主に鉄道写真をアップします。

三江線 三江北線時代 天然色の粕淵界隈

      
         17:32に浜原を出てきた394レを牽くC5698

        

        ナンバープレートを夕陽に輝かせ粕淵駅に進入してきました。


                           1971年8月  粕淵


             391レを牽くC56110[浜]

    この頃は駅員さんの手によって駅構内の植木はよく手入れされていました。

     9:45 粕淵を発車し、終着の次駅:浜原には9:51に着きます。
            半袖シャツの機関助手の姿が印象的でした。

         

                 終着の浜原まではあと一駅
            粕淵駅前に停車している国鉄バスが懐かしいです。


    本日はまだカラーネガで撮っていた頃の私が中学2年生のときの写真でした。


三江線 三江北線時代 雪の粕淵界隈

朝10時頃、江津からの貨物列車が赤塚-粕淵間に架けられた江の川第一橋梁を渡ります。


   朝、終着の浜原まで行ったC56が17時半頃にようやく粕淵駅に戻って来ます。

 粕淵駅に到着後すぐに貨物列車の組成作業のため機関車が列車より切り放されます。

       

      浜田区のC56にはスノープロゥは装着されていませんでした。
     デッキ前部には雪が積もり、長時間動いていなかった事が分かります。

     

          駅構内に留置されていた貨車を引き上げ
    右に見えている本線に置き去りにされている貨物列車に組み込まれます。

      

            粕淵を発車してきたC56貨物列車
    ホーム上で直立不動の姿勢で貨物列車を見送る駅長の姿が印象的でした。

     

         江の川第一橋梁を渡る上りのC56貨物列車
           これから各駅で貨物の入替作業を繰り返し
       江津に着く頃には、すっかり夜も更けていることでしょう。


三江(北)線の記憶

           


   昭和47年7月 三江(北)線は梅雨末期の集中豪雨で甚大な被害を受けました。

             

         これは被災して約一か月後の昭和47年8月の
       赤塚-粕淵間に架けられていた江の川第一橋梁の様子です。

                               

         

     上の写真を撮った位置とほぼ同じ場所から撮影したC56貨物列車↓

                              

           三か月ほど前の昭和47年4月2日
       強い寒の戻りで当地は4月にも関らず積雪がありました。


           同橋梁は対岸との生活連絡橋も兼ねていて
       積雪した橋梁を向こうから自転車が来たのには驚きました。



      同じ橋梁を粕淵駅東側にある線路とオーバークロスした道路から見る。                

           

             終着の浜原行きC56下り貨物列車
          ↓一か月経っても川縁の田圃の水は引いていません。

          

      流失してしまった江の川第一橋梁は此処からでは全く見えないので
    上の2枚の写真が同じ場所から撮ったことが判りづらい写真になっています。


                                         

               昭和46年8月16日
        浜原行のC56貨物列車が粕淵駅を出発して来ました。

                                  

       被災直後、道床は流され、流木が線路を塞いでいます。


      浜原を出発した貨物列車が粕淵駅手前のトンネルに入るところ

         

    ここにも濁流が流れたようで、たくさんの流木が線路上に見えています。

            

   未だ江の川の水量は多く、ポツンと立っている腕木の信号機が寂しそうです。



              昭和49年 夏  粕淵駅構内

        腕木信号機には材木のようなもので大きくXとされ
          未だ列車が走っている気配はありませんが
     流失したガーダー橋はトラス橋に架け替えられている事が分かります。


           終着駅浜原までの開通を待たずに
       貨物列車はC56からDD16に置き換えられました。

                      


                                           

       その後も度々豪雨により三江線は被害を受け続けました。
      そんな三江線の長い歴史の中にこんな出来事もあったのです。


DD54型ディーゼル機関車

     dionのホームページ・無料サーバーサービスが終了するので
           コチラに引っ越しすることになりました。
        先ずはDD54のサイトから順次引っ越してみます。
   此方の書き方がまだ充分に分からないままなので至らない点も多々ありますが
          これからも末永くよろしくお願い致します。


                                                                    1972年8月25日    播但線 生野駅


                         DD54と言えば やはり此れ!  20系寝台特急《出雲》

                            1973年3月 山陰本線 黒松を通過する35号機


              1972年3月30日  山陰本線 小田-田儀 DD54 32 


           1972年8月8日 夏のある朝

             
    田儀駅で乗降用通路を開けローカル列車を待つ35号機の姿があった



        1972年4月1日  山陰本線 仁万-五十猛
     強い寒の戻りでミゾレ混じりの田尻海岸を行く2002レ上り《出雲》


       

     1972年8月9日 腕木信号機の並ぶ温泉津駅を出て来る35号機